[2月20日] 連研入門式

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    2月20日、連続研修会(連研)の入門式が、了専寺で行われました。

    前年7月から始まった連続研修会の最終回にあたり、連研で「終わり」ではなく、
    新たな始まりとして、浄土真宗の門信徒として歩んでいただきたいという
    願いから、「入門式」となっております。

    連研入門の皆さまは、各お寺でのご法座などへのお参りは勿論、
    西嘉穂組でも「親鸞クラブ」「連研入門者学習会」などの、
    さらなる学びを深める場がございます。是非そちらへのご参加も
    宜しくお願いいたします。

    今年も7月から(2011年度)「連続研修会」が開始になります。
    (5月頃より申し込み開始となります。)
    申し込み開始期間が近づきますと、各お寺に募集要項が用意されると思いますので
    詳しくはそちらでお尋ねください。


    入門式(2011-02-20)

    入門式(2011-02-20)

    (写真は入門式の様子)

    Youtubeに混声合唱団コーロ・サンガのチャンネルが出来ました。

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      西嘉穂組の教化団体である混声合唱団コーロ・サンガの
      演奏会の映像などを御覧いただけるYoutubeチャンネルができました。
      詳しくは下のアドレスをクリックしてください。

      http://www.youtube.com/user/corosangha

      現在、2010年に行われた演奏会の映像を御覧いただけます。
      Youtubeのアカウント等は必要ありませんので是非ご覧ください。

      今月のことば(2011年2月)

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         「悪人」とはどのような意味でしょうか。

        私たちは、一般的に人間が悪人と判定する基準は、道義的な意味での悪い行いをする人を言います。「広辞苑」には「悪人」は、心の邪悪な人、悪事をはたらく人、わるもの、とあります。さらに仏語として「悪人正機説」阿弥陀仏の本願は悪人を救うことが目的であり、悪人の自覚を持つ者こそ往生にふさわしい機根であるという説と訳されています。まさに「阿弥陀仏」をご本尊とする浄土真宗における「悪人」という意味は、煩悩が具足している、つまり煩悩が身にみちみちている私たちを言われています。

        『歎異抄』の第三条には「善人なをもて往生をとぐ、いはんや悪人をや…」と一般的に「悪人正機」として有名な一節がありますが、さらに「煩悩具足のわれらには、いづれの行にても生死をはなるることあるべからざるをあはれみたまひて、願ををこしたまふ本意、悪人成仏のためなれば、他力をたのみたてまつる悪人、もつとも往生の正因なり。」とあり、いかなる行によっても生死を離れることのありえない人間が仏に成るためには行を積んで煩悩を断じなければなりませんが、それを断ずることの出来ない人間が悪人と呼ばれているのです。まさに私たちそのままの姿なのです。

        さらに親鸞聖人の言われる悪人とは、煩悩が具足しているために死を離れることが出来ないからこそ悪人と呼ばれているのです。この人間が悪人と判定される基準は、道徳的なそれではなく、人間がなす一つ一つの悪行(道徳的な意味での悪い行い)の故ではなく、この人間が生死を離れることの出来ないという宗教的な基準によって判定されているのです。仏と人間との違いにおいて善・悪が言われています。すなわち善なるものが仏であり、悪なるものが人間です。

        親鸞聖人が言われる「悪人成仏」は「仏になれない人間が仏になる」という意味になります。親鸞聖人の仏教の根本思想を貫いているこの意味を深く味わい、「他力浄土の宗旨は不簡善悪の法なり」と『歎異抄』第十五条に述べられておられることを、私たちはしっかりと受け止めなければなりません。
        (部門員/了専寺・僧侶)

        ※一部誤字がありましたので、2011年5月1日に訂正させていただきました。

        [1月19日] 親鸞クラブ報恩講

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          1月19日、組内・明正寺において、親鸞クラブの報恩講が勤まりました。

          親鸞クラブとは、連研を受講された方に、引き続き法縁を大切にしていただきたいと
          いう思いから運営されている聞法の会です。

          正信偈のお勤め、御伝鈔・御俗姓の拝読、ご法話、お斎がありました。



          おつとめ
          おつとめ


          御伝鈔・御俗姓の拝読、明信寺様
          御伝鈔の拝読



          ご法話、西光寺様   テーマは「正信偈」(廻向と一心を顕すということ)
          ご法話


          次年度以降も引き続き、親鸞クラブの研修会があります。
          ぜひお参りください。


          今月のことば(2011年1月)

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             今月のことば(2011年1月)


            謹んで新年のご挨拶を申し上げます。今年も宜しくお願いいたします。
            2011年開始と共に、ホームページの方をリニューアルしました。
            今後新しくなっていく技術などに対応できるような体制を整えていく方向です。
            また、その一環として毎月このような「今月のことば」をお届けしたいと思っています。


            さて、新たな年を迎えました。
            新年というと、初日の出をご覧になった方も多いのではないかと思います。
            毎年、初日の出を見に特別なところに行く方もおられるのではないでしょうか。
            いささか味気のない言い方をすると、実際のところ12月31日の日の出も1月2日の日の出も、
            見た目にそんな違いはないのではないかと思います。
            しかし、元旦(初日の出)は特別な思いを持って迎えることができるのは
            目で見て「元旦だけは特別」という違いが判るからではなく、
            眺める人の心に、特別な思いがあるからでしょう。


            親鸞聖人の師匠である法然聖人の詠んだ歌には、(太陽ではなく月ですが)

            「月かげの いたらぬさとは なけれども ながむる人の 心にぞすむ」

            というものがあります。
            「月明かりはどこの里にも至り届いているが、その輝きは、しっかりと
             月に向い合い、眺める人の心にこそ宿るものである」という歌です。
            十方世界を照らして人々を救い摂ろうとする阿弥陀如来の慈悲の心を、
            月明かりにたとえ、その輝きと向い合って眺める、つまり、阿弥陀如来の
            慈悲の心をいただくことが大切であることを伝えてくださっています。


            今年もまた阿弥陀様のお慈悲に照らされてあることを噛み締めながら、
            世の中安穏なれの願いのもとに過ごしていきたいと思います。


            ホームページへのご意見やご要望の声なども募集しております。
            (技術的に難しいものもあるかもしれませんが…)


            (部門員/西蓮寺・僧侶)



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