6月のことば

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    仏教は、話を聞いてみると当たり前のことを言ってるだけ、ということもあります。
    しかし、深く考えていくととても奥が深く難しいものになります。
    意味や内容が難しいのではありません。
    内容は簡単でも、それと真剣に向き合うとき、奥が深くなり、単純ではなくなるのです。
    真剣に向き合うということは、一般論や常識ではなく、「自分のこととして考える」ということです。
    もちろん、専門用語や概念の意味を、知識として蓄えることも大切です。
    しかし、場合によっては知識として知っていることによって「自分はもうわかっている」という気持ちがはたらき、驕り高ぶる心が出てくることもあります。

    日本でも有名な中国の詩人・白楽天(はくらくてん)の話があります。
    当時、白楽天が州の長官の仕事をしている時の話です。
    白楽天が赴任している地域に、鳥巣禅師というお坊さんがいました。
    「鳥巣禅師」とは通称で、木の上に座禅をしているということで有名になったお坊さんです。
    その鳥巣禅師のもとを尋ねた白楽天が、禅師に「仏教とは」という質問をします。
    それに対して鳥巣禅師が答えたのは「七仏通戒偈(しちぶつつうかいげ)」として有名な言葉でした。
    簡単に言うと「悪いことをするな、良いことをしなさい。そして心を清らかにしなさい」ということです。
    その答えを聞いた白楽天は「そんなことなら3歳の子どもでも知っている」と笑い飛ばしました。
    しかし、鳥巣禅師は白楽天の言葉に
    「3歳の子どもでも知っていることだが、80歳の老人にも行なうのは難しいことです」
    と諭したと言います。

    真剣に向き合う、自分のこととして考えるというのは、こういうことを言うのでしょう。
    悪いことをするな、良いことをしなさいというのは、七仏通戒偈の言葉ですが、
    たとえ仏教を知らなくても「そんなこと当たり前だ、誰でも知っている」というものです。
    しかし、自分のこととして考えた時、誰でも知ってるあたり前のような常識的なことは、
    奥の深い「問い」に変わります。

    悪いことをするな、というが、私は悪いことをせずに生きることができているか。
    良いことをせよ、というが、私はどれほど良いことができているだろうか。

    警察に捕まるようなことはしてないから「悪いことはしていない」でしょうか?
    あの時○○したから「良いことをしている」でしょうか?
    真剣に向き合うほど、そんなに簡単に判断できないのではないでしょうか。

    仏教を学ぶということは、単に専門用語の知識を増やす(答えを知る)だけではなく、
    こういう問いを持つということ、自分のこととして真剣に向き合う姿勢を学ぶということでもあるのでしょう。

    今年も連続研修会の受講生募集がはじまりました。
    もしも、自分の中に仏教ってなんだろう?という問いが少しでもあれば是非受講してみてください。

    (部門員 西蓮寺/僧侶)


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